紅双華妖眸奇譚 (お侍 習作89)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


 
          




 ひょんな経緯から芸人一座の警護役を請け負った、当世随一の凄腕と噂にも名高い“褐白金紅”のお二方。不審火で実家と両親をなくされた、まだまだどこか頼りなげな武家の御子息を、亡き母方の実家まで送り届けるだけ。ほんの十日もあれば十分な道行きの筈が、どういうことか、妙に執拗な追っ手が付きまとっては彼を掻っ攫ってゆこうというちょっかいをかけて来るのだそうで。何かしら深い事情があるらしき彼らと、袖擦り合うも他生の縁かと、二つ返事で同行することを了解した勘兵衛殿だったのではあるのだが、

 『そうか。お主ら、余程のこと相手をしてほしいのだな。』

 急に加わった侍二人、一座へとどういう取り交わしがあったかが判らないままだったらしき、どこか不審な男らが、その日の午後にも性懲りもなく現れて。まだ明るい日和の下、人の行き来もそうまで少ない訳ではない街道の只中だというに。一団へちょろちょろと近づくと、娘らが固まって並んで歩いている中へ、走り寄っての割り込もうとしかかった男があったため。まずは壮年殿が腰に提げていた刀の鞘をば、ぐんと後方へ押し込む格好で、振り向きもしないまま最初の一人の足をからげて素っ転ばせた。
「何しやがんだっ!」
 地べたへ顔から突っ込むという、余りに無様な転び方となったため。行き交う他の旅人たちからも失笑を買ったことが、そやつの激高に火を点けたものか。威勢のいい怒声を上げつつ立ち上がったまでは、勢いもあったのだけれども。
「…おお、これはすまなんだの。」
 口では謝辞を述べつつも眼光は鋭く、大上段からこれは失敬と鷹揚尊大に謝ったのが、それ相応に年配の、いかにも厳
(いかめ)しそうな武家だと見て取った途端、
「あ、や…えと…その。」
 叩くような怒号一つで及び腰になるような、そういう小市民しか相手にしたことがないものか、自分の方が及び腰になってしまった“先鋒役”を見かねたか、
「すいませんねぇ、お武家様。」
 舎弟のそそっかしいのがとんだご無礼をと、慇懃無礼、へいこら謝って見せたのを、そうすることで壮年殿への足止めにと企んだらしかったが。その隙にと懲りずに寄って来こようと仕掛かったクチへは。するり、延ばされた手が、娘御の腕を捕まえるより手前にて。別の手首が割り込んで、

 「…何用か。」
 「う…。」

 声だけでも冷え冷えと、なかなかの冷温効果のある“元・死神様”が、鬱陶しくも目許まで降ろされた額髪の陰からジロリと睨ねつければ、この若造がと突っ掛かるための気勢も、立つどころではなくの あっと言う間にしおしおと萎む。
『だってよ。お前ら、あのお侍、凄げぇ目ぇしてやがんだぜ?』
 真っ赤な眸でよ、そのままそっから呪いでも飛んで来そうな怖ぇ見方しやがってよ、と。思い出しただけでゾクゾクッと震えが来たものか、もう勘弁だと尻込みしたのの後をつぎ、
「何だなんだ、お兄さん。俺らに いちゃもんつけてぇのかよ。」
 肩へ木刀担いでの、へらへらと薄笑いを浮かべもって横柄にも寄って来た何人か。それへと、
「…。」
 おや黙り込んだぞ、案外と脅されりゃあ弱かったのかねと。勢いづきかけたのも束の間のこと。
「島田。ここいらはどこぞか“外つ国”の領地なのか?」
 南軍で特別に学んだは、北軍の西の属国の公用語くらいのものだったゆえ、こやつの言いようが理解できぬと。彼らの頭越し、それは真剣に、目許を眇めて連れへ訊いた彼だったものだから。しかもしかも、
「え?え? 何言ってんだ、こいつ?」
「〜〜っ、あほうっ! 俺たちの喋りが標準語じゃねぇみてぇだから、何言ってるか判らんと。ああまでの大真面目に言われたんだよっ、判れっ!」
 手下がピンと来なかったらしいその言いようで、周囲に集まりかかっていた野次馬たちがドッと受けての大笑い。そんな衆目を集めてしまっては、もはや遠回しなちょっかいも白々しいかと断じたか。
「…っ!」
 内着の懐ろから白鞘の匕首
(あいくち)を引っ張り出す奴、上着のポケットから飛び出しナイフを掴み出す奴。袴の腰に下げていた、ごつい鎖を外す奴と、それぞれ判りやすく武装を示して見せるのへ。これにはさすがに見物していた衆目らも驚いて、後塵が及ばぬよう身を後じさらせての遠巻きになったものの。

  ―― 吽っ!

 気合いの籠もった、張りのある一声が、それはくっきりと轟いたその拍子。冗談抜きに皆が立っていた地べたが揺すれての地響きを立て、そしてのそれから、

  ―― きぃぃぃいいぃぃ…んんん、と。

 最初はかすかに、徐々に徐々に大きくなっての、しまいには耳をつんざくような金属音が、何処やらから迫り来るよに立ったと思いきや。
「え?」
「うあっ!」
 無頼の者らの手にした刃物が全て、ビリビリリと電気でも帯びたか痛いほど震え出したから堪らない。何だこりゃと慌てたまんま、紅衣の若侍と目が合った輩は、
「…。」
「…う。」
 伏し目がちになったままの彼から、にやりと微笑まれて凍りつき。一方、
「か、雷が来るぞ、こりゃっ。」
「なに言い出すんだよ、薮から棒にっ。」
「知らねぇのか、お前。こんな風に金っ気のもんが震え出すと、そこを目がけて雷が落ちんだって。」
 婆ちゃんが言ってたんだ間違いねぇと、慌てて短刀を足元へと捨てる手合いがいるかと思や、
「こ、こりゃあ、こないだ殺しちまった奴が祟ってんだよ、そうだって。」
「馬鹿なこと、言い出すんじゃねって。おいこらっ、戻ってこんかいっ!」
 何かしら疚しい心当たりでもあるものか。急に怯えが来ての尻込みし、そのまま逃げ出す奴までいる始末。なかなか笑える手下たちであるらしい…というよりも。こんな現象をおいそれと、しかも誰ぞか人間が意図的に、何の仕掛けもなく引き起こせると、一体誰が思おうかというのが正解で。すっかり場に呑まれてしまって、逃げ腰になった連中へ。鞘に入れたままにて超振動を帯びさせていた刀から手を放すと、あらためてそのごつごつとした柄を、節の立ったる大ぶりの手で掴みしめた、蓬髪に長衣の砂防服といういで立ちの壮年殿。

 「そうか。お主ら、余程のこと相手をしてほしいのだな。」

 さんざ怖い目を見てもまだ懲りぬかと、居残った顔触れへ言い放ち。鞘からゆっくりと引き出した大太刀、手首を返すと両手でしっかと固定して、手慣れた所作にて正眼に構える。腰も据わって一縷の隙もない構えからは、
「う…。」
 ただの脅しや振りじゃあない、間合いに何かがそよぎでもしたなら、それを引き金にして、鋭い切っ先が容赦なく飛んで来るぞという気配がじりじりと染み出ており。
「…。」
 そんな恐ろしい沈黙なのだということが、何とか此処まで気勢を保ち続けていた兄貴分格の連中へ、多少なりとも場慣れしていればこそ、重い圧迫となり ひしひしと伝わったらしい。
「…てめぇら、引くぞ。」
「え? でも…。」
「いいから引く。遅れんな。」
 実力差に気づいての、ざっと踵を返した、聞き分けのいいのが交じっていたことで、他の面々もあわてて撤退してゆき。そんなこんなで場の緊迫も一気に薄れ、
「やた。」
「凄い〜〜vv」
「やっぱりお侍様はお強いねぇ。」
 一座のものらも、周囲で固唾を呑んでの見守っていた人々らも、一様にホッとしたそのまま、気の緩みを押さえ難かったものか、口々に興奮した心情を語り合い始めてしまったが。

 「…島田。」
 「ああ。」

 さして派手な大殺陣回りなぞしないまま、そりゃああっさり ならず者らを尻込みさせての、見事追いやった当の殊勲者たちは、むしろ警戒の強い顔を崩さない。
「勘兵衛様?」
 いくら憎い相手でも、切られる様を年頃の娘らには見せられぬ。そんな騒ぎにまでならずに良かったことと、お礼を述べにと来かかっていたものが…そんな彼らの態度に気づいた座長のお妙が、周囲には気づかれぬよう、潜めた声をかけてどうかしましたかと伺えば、
「あっさり逃げたということよりも、脅しやはったりという威嚇じゃないぞとした、こちらの技量を読み取れる者がいたということが気になっての。」
 何も自惚れて言っている訳じゃあない。あしらいのレベルから“本気”になりかけた途端、潔く引いたのがあまりにくっきりしていたから気になった彼らであって、
「と言いますと?」
「それだけ、頭に血が上りにくい、かなり落ち着いた顔触れが出て来たということだ。」
 六花が刻まれた大ぶりの手で、顎のお髭を撫でながら、どこか感慨深げな声を出す勘兵衛様であり。その傍らでは紅の衣を着た連れ合い様も、
「…。」
 彼もまた、生半可なことじゃあないらしいとあらためて思うたか。その赤い眸を眇めて、賊らが逃げた先をじっと飽かずに見やっていた。






 それにつけても、
「ああまで、執拗なのか?」
 あのような輩から、あのような調子でちょっかいを出され続けていたとは。これは、なかなか旅程が進めぬのも道理と、どこか呆れたように勘兵衛が声をかけたは、とりあえず難は去ったには違いないとはいえ、どうやら今日中には次の宿場に辿り着けそうにもないと見切ってのこと、荷馬車を据えられる車除けのような空き地を見つけ、宿営の準備に入った面々を見回していたお妙さんへ。そろそろ晩秋の陽も傾きかけている頃合いではあるのだが、結構 闊達お元気な面々ぞろい。何の憂慮もないのなら、頑張って距離を稼いで宿場まで、大戸が閉まる宵の寸前くらいには到着しそうなものなのだろうに、
「はい。」
 困ったことですと眉を下げた座がしらが言うには、
「あたしらだけなら、それこそなりふり構わずの駆け出して逃げても済むのでしょうが。居合わせた見知らぬ旅のお方にまで迷惑かけちゃあいけませんしね。」
 それは宿場に入ってからでも同じこと。街道よりも多くのお役人が、巡回しての警邏もしておいでだろうが、それでも余計な騒ぎを起こしちゃあいけない。今回ははっきりくっきりこちらが全面的に被害者ではあるものの、そういう輩に目をつけられるような素性なのかと胡散臭い連中だというレッテルを張られるのは、客商売な稼業だけにあとあとにも響こうこと。それでと、騒ぎになることは出来れば極力避けたくての、この鈍行ぶりなのだとか。
「そうは言っても、東雲の宿はすぐ次ですからね。」
 お妙は目許を細めると、それは嬉しそうに笑って見せて、
「シズル様の母君のご実家は、長らく家系の続く由緒あるお家。宿に入りさえすれば、それでもう、シズル様の身は安全というものですよ。」
 力強い断言に、勘兵衛が“おや”と意外さを感じたが、彼女らはこの街道筋を何代か前から興行地として巡業している身だとも聞いた。そんな関係から、土地土地の有力な権勢者にはよくも悪くも詳しいのだろう。とはいえ、
「先方へ子息を連れて行くと知らせてはあるのか?」
「あ、いえ。」
 むしろあまり広めたくはなかったのと、それどころではない気の張りようでもあったから。ついつい先様に報せるまでには至っていなかったらしい。
「迎えが無いのでは、御領地に踏み込んだだけでそこからはきっと無事だとも言い切れまい。」
「そうでしょうか。」
「シズル殿のお顔や何や、出入りを改める役目の者が皆知っているのならともかく。」
「あ…。」
 彼が彼である証拠は、それこそご本人が祖母にあたる奥方へ対面すれば済むのかもしれないが、それ以外の者が全員見知っているとは限らない。となると、御領主様の血縁を連れて訪ねて来たという事情を告げれば、話は通してもらえるだろうが、守ってもらえるところまでの保証もないかも。
「どうしたものでしょうか。」
 すぐ先の里のこと、飛脚早亀もこんなところじゃ捕まらない。足の速い者へ伝令を任せましょうかと言い出すお妙に、いや、それこそその者が危険だろうよと、案じるような顔をした壮年殿だったが、
「…うむ。」
 物は試しと、懐ろから取り出したのが鋼の小箱。カマボコ板を2枚ほど張り合わせたほどの大きさ厚さの代物で。日々の臥処は旅枕の浮草稼業、一つところに留まってはいない暮らしをしている関係から、新しものには見聞があるお妙でも初めて見るものであるらしかったが、
「これは電信に使う機械での。」
「ああ、電信の。」
 あの大戦からこっちの長い時期、電波状態が悪いの中継地が破壊されたのと言われての、通信という方法では遠隔地との情報交換が不可能になっていたものが。この何年か、やっとのことで復活をみたらしく、そりゃあ便利に連絡を取り合えるようになったとか。それはさすがに知っていたらしい。
「ですが、持ち歩けるものがあろうとは思いませなんだ。」
 大概は大きな町の名士の家や大店に送受信用の機械が据えられてあり、専門の知識がないとなかなか使えないとか聞きましたがと。不思議そうなお顔になった座がしらへ、
「なに。これを設置して回っておる者とは知り合いなのでな。」
 手短な言いようをし、脇のマチに並ぶ、固定設定された宛てへのボタンを押し込めば、

 【 はい、蛍屋でございます。】
 「おお、七郎次か。」
 【 勘兵衛様ですか? お久しゅうございます。】

 本日の電信の守役はご当主であったらしい、虹雅渓の蛍屋分署。なかなかに味のある伸びやかな声がしたのが…どうやってそちらへも聞こえたものか、
「…。」
「判っておる、用が済んだら代わってやろう。」
 周辺への見張りもかねてのこと、ざっと見回しただけでは姿が見えぬほど、勘兵衛からは離れての、どこやらかに紛れていたものが。いつの間にやらすぐ傍らまで寄り来ていた久蔵へ、擽ったげな苦笑を差し向けつつ、

 「お主に訊きたいことがあっての。東野辺の街道筋の東雲の宿の………。」




 七郎次が言うには、東雲という郷は結構しっかりした宿場だそうで、そこにも電信の受送信装置は置かれてあるとのこと。なので、
『判りました。その次第をご領主様へお伝えすればいいのですね。』
 電信の本機を使える者同士は、それなり、身の信用を照らし合わせる術として、月で変わる符丁の表というのを秘密裏に共用しておりますので、むしろ初対面の間柄以上に信用してもらえますとのこと。勘兵衛にはあいにくと、後半の部分は何が何だかよく判らなかったらしいが、
『それでは頼む。』
 そうと依頼し、いい子で待っていた連れ合いへ小箱をすんなり手渡した。あまり物を言っている様子ではないのだが、そこは相手が相手だから、ちゃんと“会話”になってもいるのだろう。そんな彼から視線を外し、
「これで東雲の宿への連絡はついた。」
 勘兵衛はお妙へそうと告げる。このような飛び道具を持っていようとは、例のならず者らも知らなかろうから、
「着いた途端に全員を搦め捕ってももらえようよ。」
「それでは…。」
 自棄
(ヤケ)になっての暴れるものが出たりという格好でも、あちら様かたへのご迷惑はかからぬよと、そこを案じていたらしい座がしらへ言ってやれば、
「それは ようございました。」
 やっとのこと安堵したものか。大きく息をついての胸元へ手を当て、文字通り撫で下ろして見せた彼女であり。頼もしい彼らと出会えたことの欣幸を、格別のこととし、その胸の裡
(うち)にてしみじみ感謝していたらしかったが、

 「俺が相手をした連中の中に、妙にこっちの顔を見据える奴がいた。」

 電信は終えたか、携帯装置を無造作に突き返して来た久蔵が、そんな言いようをしたものだから、お妙はさすがに案じるようなお顔になったが、
「…ほほぉ。」
 不躾な奴めとムッと来たか、いやいやそれは違おうと、勘兵衛までもが気を留めたは。この青年、黙っておれば結構な美形なので、意識して気配を殺せば別だが、普段は人からの視線を集めやすい存在でもあって。そんな彼が、気になる見方をされて流すことも出来ずの引っ掛かったというからには、

 「困ったことよの。」
 「島田?」

 細い顎をひょいと捕まえたは、いかにも武骨で節の立ったる、右手の指先が一揃え。掬い上げるようにして捕まえたそのまま、連れ合いのお顔をまじまじと検分なさり、

 「何もせずとも、人を惑わす色香があろうとはの。」
 「……おい。」

 お主、このところ眼差しが柔らこうなったのではないか? 何なら閨でも刺すような睨み方で通してやろうか? ほほぉ、なかなか言うようになったのう…と。大人の落ち着きに満ち満ちた、重厚な渋みがその人性の奥行きを偲ばせての味のある、いかにも練達そうな偉丈夫様と。色白金髪、人情芝居の二枚目と並べても、どっちが役者やら判らないほど、玲瓏にして端正な顔容は瑞々しく、無駄なく引き締まった痩躯が鋭にして凛と麗しい君と。それぞれに両極端なタイプ違いの色男二人が、何だかちと妙な言い回しも含みつつ、その身をくっつける寸前まで近寄り合うての、珍妙な言い合いになっているところは、

 “…どう突っ込んだらいいんだろうか。”

 別にお武家様の衆道は珍しい話じゃないし、ただまあ、年頃の娘らにはあんまり生々しい話は聞かせたくないのだけれどと。お妙さんがちょっぴり腰を引かせての、それではとその場から立ち去って。そんな気配を見送ったお二人、どちらからともなく手を放してしまったということは、急に味な気分になってしまった訳ではないらしい。人前でこうまで明からさまにべたべたすること自体、本意ではなかったのか、久蔵の側なぞ大きに気分を害したものか、明後日の方角へそっぽを向いてしまったほど。妙な段取りへ付き合わせたことへだろう、そんな拗ね方をする細い肩を見やった勘兵衛が、

 「…のう、久蔵。」

 今度は静かな声をかける。宿営の支度で忙しいか、誰もこちらへまでは注意を向けていず。それでも低めた壮年殿のお声へ、久蔵の肩先が小さく揺らいで、
「何だ。」
「お主のその瞳は…。」
 続けかけたところが…皆まで言わさず、

 「うちの家系でも郷里
(さと)でも、俺以外にはいなかった変わり種だ。」

 彼にとってはさして気にする事柄ではないものか。端正で白いお顔は西の空に集まりたなびく雲を眺めつつ、やはりすぱっと言ってのけ、
「肌が白くて髪も瞳も淡いのは、北方には珍しい取り合わせではなかったが。赤い眸となるとさすがに話は別で。」
 もしやして“あるびの”とかいう、体質の弱い身である恐れがあったらしく。そこで、親も親戚も、この子は長生き出来ぬやも知れぬと不憫がり、心残りのないよう、やりたいことを何でもやらせようと構えてくれて。

 「それで、勉学も親戚付き合いもそっちのけで刀に明け暮れていたら、
  軍から仰々しい迎えが来たってだけだ。」
 「だけ、か。」

 だけ…って。
(苦笑) 成程、彼にとっては…少なくとも彼の価値観内では、その外見へ連なる陰惨な暗い過去だ何だがあったって訳ではないらしいので。よって、負担でもなきゃトラウマでもなかったらしい。確かに、どの辺が“体質の弱い身”なんだか、でしたな。(う〜ん) 何とも久蔵らしいことよと苦笑をしている勘兵衛へ、

 「これまで訊かなんだな。」

 おや、彼にすればそっちこそ意外だったものか。今度は久蔵の側から、そんなことをば、ぼそりと訊いてくる。やはりお顔はそっぽを向いたままだったが、意識だけはこちらを向いているのが重々判り。少ぉし顎を引いたことで視線が心持ち下がった横顔は、ほのかな憂いを帯びて見え。切ないまでの寂寥の香が匂い立っての、何とも言えぬ佇まい。そんな可憐さを視野の中に愛でながら、ああとうなずいた壮年殿、

 「どうして、という部分には関心がのうてな。」

 その玲瓏な横顔につい見とれたのと同じこと。勘兵衛にしてみれば、この彼のどこであれ、人とは違うの何のと比べるものではなく。彼の指、彼の眸、彼の髪というだけで至上であり、それ以上でもそれ以下でもなかっただけのこと。過去なんてものを取り沙汰しようと思ったことなぞ一度もなかった。今こうして望む瞳が、出来のいい玻璃玉のように美しいこと。
「…それをだけ知っていれば十分だと、歯の浮きそうなことを言うのは辞めておけ。」
「どうしてそれを?」
「シチが、自分も言われたことがあると言うておったぞ?」
「おや。」
 おっさま、二人ともに同じこと言ってたんですか? ジゴロの口説き文句じゃあるまいに、使い回しってのはサイテーかもですぞ?
(笑) こたびの騒ぎにまつわるところを浚っていた筈が、何だか話が逸れかけてしまい。珍しいことには揚げ足取りという茶目っ気まで見せた若いのへ、ついつい くすすと小さく苦笑った壮年殿だったが、

 「…もうよいぞ。」

 どこの誰へだか、そんな声をかける。
「お妙殿は慎みのあるお人らしいから、我らの珍妙なやりとり、凝視しては失礼と思うに違いない。」
 だからと故意に構えた珍妙な問答だったとでも言いたいか、
「我らへ話があるのだろう?」
 そうと続けたのが久蔵だったことから察して、特に示し合わすこともないまま、なのに、双方同意の下にこんなややこしい形での人払い、構えてくれたご両人であったらしく。

 「…お気づきでしたか。」

 そおと、木立の陰から姿を現したのは、騒動の中心人物ながら、そういえばまだ言葉を交わすまでには至っていなかったお人。左馬之介こと、シズル殿という青年本人ではないか。かぶりものをしたままでは失礼にあたると思ったか、髪をくるんで、お顔への庇にしていたらしき、手ぬぐいも取り去っている彼で。
「お邪魔かしらとも思ったのですが。//////
 おおう、彼もまたほんのりと頬が赤いところを見ると。こちらのお二人の、白々しくも腹を探り合ってでもいたかのような物言いを、本物の痴話ゲンカかと思ったクチであったらしい。まま、それはさておいて。
「左馬之介殿、いやさ、シズル殿というそうだの。」
「はい。」
 遠目に見ていても、どこか及び腰で存在感の薄いお人という印象が拭えなかったが、こうしてすぐの間近になっても、大人しげなばかりで、しかもお顔をすぐにもうつむけてしまわれる。変装のために地味な恰好をしているのが違和感なく見えているほど、どうにも年齢相応の覇気というものが足りない若者であるらしい。まま、それも個性というもの、今の今、改めよと叱咤勉励しても始まらぬと据え置くことにし、

 「今も取り沙汰しておったのだがな。
  あやつら、お主をその眸で見分けておるのではないか?」

 先程も話題に上らせたが、久蔵の顔をいやにまじまじと見てゆく者があったそうで。それでなくとも、ずっと寺に預けられていたとかいう子息。あんな無頼にその顔が知れ渡っているとは到底思えず、だが、それにしては、手配書や何やを開いて確かめる者が一人としていないのへも気づいていた勘兵衛で。その二つを照らし合わせて出る答えとなると、その赤い眸という共通点しか出ては来ず。まま、それをこちらの彼に訊いても詮ないかと思っていたところ、
「一度だけ、相手の手に攫われかけたことがあったのですが。顔までは知らぬが、その赤い眸には間違いないと言われて。」
 内気なご子息は怖々と言葉を紡ぎ、
「わたしを無傷で連れ帰れば、莫大なお宝が手に入ると言われたそうです。だから、手はかけない、案ずるなと言われたのですが。」
 大方、この風情だけに女だと思われてのことかもしれない。
「けれど、どんな事情があったかなんて全く知りません。父や母からの遺言も何も託されてはいない。それどころかご遺体にさえ…。」
 亡骸を見てもいない、そんな悲しいお別れを思い出したらしく、言葉を詰まらせた彼であり。
「シズル殿。」
 傷心がすぎて呆然としていて、そして。その後の段取りの運びに、ただその身を任せていた彼なのだろうが。回想する暇さえなかったものか、今の今、静かで頼りがいのある聞き手を得たことで、胸へと押し寄せる切ない感慨があふれ出てでも来たのだろうか。いたわるように肩を撫でる手の温もりへ感じ入ったか、そのままそこから溶けてゆくかのように、ますますその肩をすぼめたが、

 「両親が亡くなったのも、わたしのせいなのでしょうか。」

 不審火が出ての死という、思いも拠らぬ事態に襲われたご両親。当人も…幼い頃から親元から引き離されていたことや自身の風貌などから、自分が尋常な存在ではないという自覚はあったらしい。そこへのこんな一大事、それへ繋げてしまうのも順序としては仕方がないのかもしれないが。

 「それは不遜というものだ。」
 「久蔵?」

 くっきりと言い放ったのは意外にも、寡黙でその上、あまり他人への関心も持たぬ性
(たち)な筈の久蔵であり。顔を上げたシズルへ、真っ直ぐ視線をやると、

  何か身に覚えがあるのか?
  いえ…。
  親御殿から疎まれていたのか?
  いいえいいえっ。

 大きくかぶりを振った若者へ、

 「ではやはりお主のせいなどではない。」

 言い諭すように告げた久蔵、さして興味はないかのように、淡々とした声音のまま、
「金むくの仏像目当てに押し入った強盗があったとして、それで家人が害されたとしても仏像には罪はない。」
「…え?」
 何だか妙な例え話を持ち出した。金目のものだというだけで、美しいというだけで人の心を惑わすという“罪”があると、そんな言い方をする場合もあるらしいが、

 「何もしでかしていないそのものには罪なんてない。
  それへ心惑わせた者が、精進が足らぬ愚か者であったというだけのこと。」

 そのような至らぬ者の業までも、拾ってやれる度量があるならともかく、と。少々辛辣な言いようを付け足すと、
「お主は自分の世話へさえまだまだ手が足りぬ身ではないか。だったら、そのような…その身へ不相応な慈悲を持つには早いとだけ、自身を戒めておくのだな。」
「は、はいっ。」
 傷心も怯えも寄せさせぬ、斬りつけるような言いようをされたは、久々のことだったものか。すくんでいた若い子息の背中が、一気にピンと伸びたのへ。おやおやとこちらも多少なりとも驚いたらしき壮年殿、こそり苦笑を洩らしたのだった。






  ―― 意外だな。
      何がだ。

 食事の支度の手伝いにと、皆のいる方へ去っていった細っこい背中を見送りつつ。ぽつり呟いた勘兵衛へ、こちらも常の仏頂面のままで応じた久蔵だったが、
「お主が人を諭そうとはの。」
 先程、シズルへと語ったような思想思考がらしくないと言いたいのではない。ただ、誰が迷おうが堕ちようが、知ったことではないとの傍観を決めて、自分からは関わらぬ性分だと思っていたからと。それでの“意外”を感じたのだと言いたいらしき勘兵衛であり。だが、だからと言って無慈悲にも冷たいとも思ってはいない。人とのつながりを不要と思うような、傲岸なところはすっかりと消えつつあるのだし。ただ、
「お主は、自分へも誰へにも厳しいからの。」
 意気地にまつわる次元の話というものは、結局は自身が決めること。よって口を挟まぬ彼であったのだろに、それがこたびはあのように…さして馴染みもない相手へ、それは丁寧な説き方をしてやったのが何とも意外。そうまで頼りない青年だったのかと感じたらしい勘兵衛だったが、豈
(あに)はからんや。

 「俺はただ、お主がまたお人よしにも身を乗り出すのではないかと…。」

 ぼそもそと語尾がもつれて、途中から聞き取れなくなったけれど。
「久蔵?」
 おやおや、それってと。久蔵が隠そうとしかかった感情までをも嗅ぎ取ったらしき勘兵衛殿の、その声の緩みようへと気づいたらしく。ならばいっそと、それこそ捨て鉢になりでもしたか、
「こんな寄り道、とっとと終わらせたいと思うただけだっ。////////
 吐き捨てるように零した紅衣の若いのの、そっぽを向いた横顔が。見る見る真っ赤になってゆく。まさかまさか“あまりに頼りなげだから支えてやらねばといつまでも構いつけるのではなかろうか”だなんて案じた上での。つまりは、焼き餅からのそれだっただなんて、悟られただけでも向かっ腹が立つというものでしょうからねぇ。
(くすすvv)







  ◇◇◇



 そんなこんなと同じ頃合い。街道から少しばかり離れた木立の中ほどに、今は放置されているものか、煤けて崩れかかった小屋があり。その中にては、どれも癖の強そうな面構えの男らが、それにしては困惑したように雁首そろえての集まっている。

 「だってよ。お前ら、あのお侍、凄げぇ目ぇしてやがんだぜ?」

 先程、旅芸人の一座へまとわりついてた一団の一人が、そんな言い訳を並べて、自分らの不甲斐なさを糊塗しようとしかかっていたが、
「何言ってんだ、あんな役者みてぇな優男。」
「そうだぞ。あんなひょろっとしたのを怖がってどーすんだお前。」
 小馬鹿にしたような言い方をされて、腐されたのへは腹も立ったか、
「だから、言ってんだろうがよっ。あの侍、真っ赤な目ぇしてて気持ち悪かったんだってよ。」
 雷鳴る前みてぇな空気ンなったのも、あの男が何か術でもかけたからじゃね? まだ言うか、このへっぴりが。そんな野次が沸き立ちかかったそんな中、

  「…赤い、眸だと?」

 芯の張った低い声が、雑音を黙らせる威容を孕んだそのまま皆へと届き、
「へ、へえ。確かに赤い眸のお侍でやんした。」
 繰り返した男へと、特に返事を返すでなく。だが、
「………。」
 何ごとへか感じ入ったらしい余韻が、室内を不安定な沈黙に沈めてしまったようではある。









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  *ちょっと盛り込みすぎましたですかね。
   それと、久蔵の過去話はあくまでもウチでの捏造です。
   どうかご理解下さいませ。

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